大判例

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名古屋高等裁判所 昭和25年(う)2121号 判決

控訴人 被告人 大橋正一

弁護人 大野正直

検察官 片桐孝之助関与

主文

本件控訴を棄却する

当審における訴訟費用は全部被告人の負担とする

理由

弁護人大野正直の控訴趣意はその提出に係る控訴趣意書の記載を引用する検察官は本件控訴は理由のないものとしてその棄却を求めた

控訴趣意第一点について

原判決によれば原審は判示第一の(一)(二)(三)において被告人が愛知県碧海郡矢作町元海軍航空隊跡兵舎内で昭和二十三年二月中旬、同年四月下旬及び同年七月下旬の三回に亙り窃取したケンパスが名古屋財務局碧南出張所長の保管にあつたものと認定したことは所論の通りであるが右事実認定の証拠としては論旨のように山内良種の上申書と買受人の証言や供述調書のみによつたものでなくその外櫛田節の検事宛回答書及び差戻後の原審第五回の公判廷における証人月山有弌の証言をも綜合しているのである而して右山内良種の上申書には本件ケンパスは進駐軍が岡崎航空隊に進駐の際携帯して来たものであつて進駐軍撤去の後県警備隊員がその保管監理を担当し昭和二十三年六月右警備隊引揚と同時にこれを碧南出張所岡崎分室に移動させたもので進駐軍所属のものとして県から解放申請中のものであり名古屋財務局の所掌でない旨を記載してあるがその記載中名古屋財務局の所掌でないとするのは一般国有財産のように法制上当然にその管轄に属するものでないという迄のことであつて名古屋財務局碧南出張所岡崎分室において事実上該物件が保管されていたことを否定する趣旨でないことは明かであり同分室において事実上その物件を保管している以上論旨のように該物件が同出張所に関係のないものとはいえないし該物件が進駐軍のものであること自体から考えて特段の事情のない本件としては同出張所岡崎分室の職員個人にその保管が委ねられたとは認め難いから同分室にその保管が委託されたものとするの外はない而して右月山証人の証言によるも同分室としては独立の権限がある訳でなくすべて名古屋財務局碧南出張所長の命令によつてその事務を処理する丈のことであるから同分室における保管は即ち同出張所長の保管となるのであり同分室の職員は同出張所長の補助機関としてその命令に基いてその保管事務に従事するに過ぎないものとせねばならない従つて本件ケンパスが同出張所長の保管にあるものとすることは原審挙示の証拠によつてこれを認め得られないことはなく又その保管が仮りに同分室限りのものとしても右証人の証言によつて明かなように同分室のその当時の主任は柴山庄七であるから同人がその保管責任者となりその点において原審の認定に誤があることにはなるが被告人においては擅にこれを処分(一件記録上同人と被告人とが共謀したものという的確な証拠はない)することはその何れの場合においても他人の占有を侵害して窃盗罪を構成するに到りその事実誤認は特に判決に影響を及ぼすべき程の違法とはいえない従つて原審に所論の違法があるとする論旨は採用の限りでない

同上第二点(一)について

銃砲等所持禁止令に所謂刀剣類が刀剣類としてその目的に従つて使用し得るものでなければならぬことは所論の通りである然しながら被告人の所持していた日本刀及び銃剣(証第二、三号)はそれ自体多少の錆はあるがその本来の目的に使用できないものとは認められない而して被告人がこれを所謂刀剣類でないと思つていたことはその事実自体に対する錯誤ではなく、法の不知であるから犯意がないものとはいえないのである従つて原審に所論の違法があるとすることはできない

同上第二点の(二)について

原判決によれば判示第二及び第三の事実は判示昭和二十四年四月七日の判決確定後の事実として刑法第四十五条前段の併合罪としていることは所論の通りである而してある数個の犯罪についてその時間的前後を定める標準はその各終了の時の前後と解すべきところ刀剣類不法所持罪はその所持開始からその所持終了に到る迄所謂継続犯として単純一罪でありその所持の開始、その継続の時期に拘らずその終了の時を以てその犯罪の終了時となすべく従つて論旨も是認するように判示第三の刀剣不法所持の終了は右判決確定後の昭和二十四年四月二十八日であるから同罪は判示第二の罪と共に右確定判決後の犯行として右確定判決と関係なく刑法第四十五条前段の併合罪としたことは正当であり、又原審の法令適用において論旨の非難するように不分明な点も存しない

同上第三点について。

按ずるに原審判示第二の詐欺罪は被告人が名古屋財務局碧南出張所雇の職を退いた後であつて且つ前示確定判決言渡後の犯行に係りこの点からするも論旨の強調するように被告人が所謂犯罪者流の人間でないとは断定し得ず又その悔悟と称するものも輙く信用を措き難い事情にありその判示第一の各窃盗についても論旨のように全く私利私慾に出でたものでないと迄は認められない。従つて論旨その余の主張に拘らず前示確定判決竝びに本件犯行の態様その他諸般の事情から考察して原審の科刑は必ずしも不当なものといえないからこの点の論旨も採用し得ない。

その他原判決を破棄せねばならぬ瑕疵もないので本件控訴は理由のないものとして刑事訴訟法第三百九十六条によつてこれを棄却し尚当審における訴訟費用は同法第百八十一条第一項に則つて全部被告人をして負担せしむべきものと認めて主文の通り判決する

(裁判長裁判官 山田市平 裁判官 鈴木正路 裁判官 小沢三朗)

弁護人大野正直控訴趣意

第一、原判決には理由のくいちがいがある。

原判決事実理由第一の(一)(二)(三)は被告人の窃取したケンパスが名古屋財務局大浜出張所長保管のものであるとしているが、原判決のあげる証拠によつては之を認めることがでぎない。却つて山内良種の上申書によれば、昭和二十三年六月までは旧岡崎航空隊の県警備隊が保管していたらしく、それ以後も名古屋財務局関係の所管でなかつたことは明らかである。それにも拘らず山内良種の上申書と買受人らの証言、供述調書等のみによつて右の如き保管者を認定した原判決には、事実理由と証拠理由との間にくいちがいがあるものといわねばならぬ。

第二、(一)原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある。

原判決事実理由第三は、被告人に対する銃砲等所持禁止令違反の事実を認定している。併し同令のいう刀剣類とは、刀剣類としての目的に従つて使用しうるものをいうことは、同令制定の経過からも又社会人の常識からいつても当然のことである。被告人が所持していたという日本刀及び銃剣は見れば分る通り錆び切つてしまつた廃物であり、刀剣類としての役に立たぬものである。かゝる刀剣を同令にいう刀剣だと認定した原判決は重大な事実誤認を犯しているものである。なお、仮にそのように錆び切つた廃物が刀剣類であるということができるとしても、被告人は本件の日本刀及び銃剣はこんなに古いものであるから、もう刀剣とはいえないという事実に関する錯誤に基き、薪割にでも使用できればと思つて所持していたのであつて、結局犯意がなかつたといわねばならぬ。それにも拘らず事実理由第三のような事実認定をした原判決は明らかに重大な事実誤認を犯しているものといわねばならぬ。

(二) 右の理由が容れられないとしても原判決には法令の適用の誤りがある。

原判決理由中、法令の適用に関する部分が不明であることは暫く別として、第二、第三の罪を刑法第四十五条前段の併合罪であるとしていることは誤りである。被告人には昭和二十三年二月頃から昭和二十四年四月二十八日までの刀剣所持期間中昭和二十四年三月二十二日に言渡を受けた確定判決があるから、第三の罪を単純に確定判決後の犯罪であるとはいえない。確定判決前の所持期間の方が遥かに永いこと、又所持が犯罪の構成要件であるけれども、一度び所持を始めた以上、あとはその所持を事実上継続するにすぎないことを考えると、むしろ刑法第四十五条後段の犯罪であると考えられる。然るに所持の終期が確定判決後であることから、漫然刑法第四十五条前段を適用した原判決は法令の適用を誤つたものといわねばならぬ。

第三、原判決の量刑は不当である。

原判決は被告人に対し、第一及び第二、第三の事実につき八月及び四月の懲役刑を言渡している。併し、被告人は本件犯罪によつて何ら私利を肥やそうとしたのではなく、当時の岡崎分室の不備な設備、備品を整え、又同僚の福利厚生を図つて国有財産等に関する事務を促進しようとしたものであること、及び被害品を相当程度まで弁償していることは被告人が原審に提出した上申書についている使途一覧表によつて明らかである。而も被告人が決して所謂犯罪者流の人間でなく、立派な社会人であることは司法保護委員鈴木峰一、三浦富右衛門の嘆願書、上申書によつて明らかである。勿論いかなる事情によるとはいえ、被告人の行為は充分批判されねばならぬが、既に充分悔悟しており、又五十五才にもなる被告人を今更刑務所へ送ると云うことは余りにも残酷であるから、各事実につきできる限り軽い刑を科せられると共に、執行猶予の判決を言渡していただきたい。

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